2018年09月26日

出会うこと巡ること・・・「ユメカシーラ」(佐藤)

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私は蝉(セミ)が降るところに住んでいます。駅には、セミの啼き声の中をくぐってだどり着く感じです。引っ越しして数年経ちますが、夏のこの日常にいっこうに慣れません。慣れないことをいいことに楽しみはじめている自分がいます。

最近の私は四季日常は月見をしながら 、今日の出来事をしまいこむように家路を急ぐこともあれば、月の光に照らされてか、よすがの在りどころを知り明日の力(ちから)をもらうこともあります。つまり私の毎日は日々いろいろなのす。

とりわけ、この街の一口蝉(セミ)が加わる夏は、夜の駅周辺や交番うえの駐輪場はとてもユニークな場をわたくしに与えてくれていています。

駅ホームに転がる蝉(セミ)はいつ誰かに踏まれてもおかしくありません。大体うつ伏せになっている蝉はまだ啼くことも飛び跳ねることもあり最後の力を残しています。それに対して仰向け状態の蝉はいけません、動きません。だたの抜け柄は人に抵抗しないのです。

あらためて、2018年の夏からこの街の蝉(事情)が変わると思われました。

この町の地上から、ある場所、起点にして約半径1キロメートルの円を描くとします。慣れない土地でごめんなさい。

その引かれた円内周辺いには二つの小学校、二つの中学校、そして、二つの高校があります。そして、避難公園があり航空基地があります。円の中心起点を合わせると六つの学校の敷地のどこかが円内に掛かるのです。ドローンを上空に飛ばして見てみたいものですが、その円内に避難公園と航空基地も掛かるので、そうも行きませんネ。現実です。

こんもりとした蝉の聖地の森は、整地前の上記の基地の中の雑木にあると思われます。

この夏は遠くでシャベルの音が聞こえて来ました。囲いの中の空が広がったのは、樹々が根こそぎ無くなり整地されたからでしょう。あっと言う間に森が中剃りされました。聖地から拡張整地へと姿を変えました。2018年9月16日日曜日の朝の時間を持って、蝉の啼きは終わりました。この夏も駅ホームの早朝のウグイスの啼き音にはじまり、そして、蝉の合唱に終わりました。しかし、この夏から何かが変わりました。

9月20日金曜日囲いの側に走る歩道に踏まれたカマキリがありました。明日を憂いたのでしょうか?ひとり向かい闘ったかたちにも見えました。



写真は入間市:台風21号の爪痕を刻んでもスッキリと立つ芭蕉。その昔恐竜だったかも知れません。「ユメカシーラ」という歌を思い出しました。歌は巡りますネ。



佐藤
posted by 神田絵画教室 at 18:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

展示のご案内(柳田)

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秋の団体展の季節がやってきました。

第82回 自由美術展
に出品致します。

国立新美術館 (展示室 1A・1A・2A・2B)

2018年 10月3日(水)〜10月15日(月)
(休館日 10月9日(火))

午前10時〜午後6時
(最終日は午後3時閉会)

お時間お暇がありましたら、御高覧いただければ幸いです。


柳田
posted by 神田絵画教室 at 18:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月23日

出会うこと巡ること・・・「2018年の7月の空」(佐藤)

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写真は、お茶の水:サイカチの青い鞘


7月1日の日曜日。神奈川県の津久井湖にあるTさんの家に伺うことが出来ました。その日は茹だるような暑さでしたが、車に同乗させてもらい、むしろ、早朝からの移動でしたので気分は爽快でした。

津久井湖を見下ろす場所にTさんのお家があります。二階台所、目の前に鳶(トビ)は輪を描いたり止まったりと・・・津久井湖から吹きあげる上昇気流にのって飛行しています。トビ目線と同じ高さの場所にあるお家からは遠くに丹沢の山並みが見えます。とは言え、霞んだら霧の中の一軒家でしょうか。

台所からの窓枠は絵の額に似て、飽きない風景を更新してくれています。眺めつつ、Tさんから当地のサル被害の話を私はボンヤリと聞いていました。

その家の玄関の横に榎の大樹があります。直射を避けてのスケッチが始まりました。榎の木とわたしの間の空間を切るような気配、私の左手側からあらわれたのは大きな羽をひろげる蝶、見たことがありません。バサリバサリと舞い上下しています。木の根元に留まりました、そして、また再びバサリバサリと動き出す蝶。

後で、Tさんからその蝶がオオムラサキ蝶であることを教えていただきました。初めての出会いでした。

6月7月はなぜか画家の宮崎進さん、その前月、4月5月に白州正子さんのお能の本:梅若実聞書などで私なりのボンヤリ絵描きさんとボンヤリと能楽師のことを思い過ごしていまいた。

今は、オオムラサキ蝶がまるで地球人生でのお能を舞い、淡々と自らの衣装柄まで私に見せて踊り尽くしてくれたと思っています。

中空を泳ぐように描き留めた宮崎進の世界は、彼のこの世界で見たことの、いつかどこかで現れは消えて行ったひとや光を確かに求めたと思っています。

2018年、この夏わたしにこの世、この世界を見るということを考えさせて来れました。この世界に生きていること、この世界への佇まいや生きている意思のエネルギーを思います。その反映や衝動がどうしても表現することへと導きだす枯らすことのない湧水ではないかと、ボンヤリですが私に力強く確かに思わさせて来れました。
感謝いたします。


佐藤
posted by 神田絵画教室 at 18:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする